アンデルセン

  • 2017.12.15 Friday
  • 13:42

師走も10日を過ぎたからだろうか、朝外へ出て深呼吸をすると多少だが胸の辺りが痛む気がする。20年程前に風邪をこじらせて寒さを和らげる為にサウナに行き呼吸困難になり病院に運ばれた事があった。そしてそのまま20日程入院させられてしまった。重度の肺炎と診断された。

サウナにいた理由を担当医に説明すると、今時ここまで肺炎を悪化させる人は珍しいと私より若いであろう医師が笑っていた。一体何が可笑しいのか怒鳴ってやろうかとも思ったが止まらない咳におじさんは呼吸をするのがやっとで看護婦(今は看護師か)さんが悔し涙を拭いてくれていた。

咳は4、5日で止まった。するとすぐに禁止されている病室で煙草を吸い始め、また咳込むの繰り返しで結果入院が長引いてしまった。

11月に入ると急に気温が下がるせいか、肺炎の時に痛んだ場所(肺だろうな)が毎年痛むようになってから、元々得意ではなかった寒い場所が更に苦手になりいつからか寒い場所には出かけなくなった。

 

私が住む町の駅のすぐ前のビルの2階に古い喫茶店がある。童話に出てくるような店名で、今時珍しく禁煙席もなく、というより愛煙者達の憩いの場所のような店で入ったとたん火事かと思うほどに煙が充満している(笑)壁は一体何色だったのだろうかと思うほど美しいヤニ色でお客もやはり年配者が多い。だから人との待ち合わせにはこの場所を使うことが少ない。

勿論相手が喫煙者であれば別なのだが。最近では街中で煙草を吸っていても怖いおばさん達に睨まれるからおちおち街中で煙草もすえない。若者も(特に男性)喫煙をする人が少ないと感じるのは気のせいだろうか。

私達が少年の頃は煙草が吸えて始めて1人前の男だと思っていたから少年たちは咳込みながら大人のふりをして煙草を覚えた。

勿論私も今となっては今更わざわざ煙草を吸わない人が覚える必要などないとは思うが、身体に悪いからと禁煙をする若者もなんだか物分かりが良すぎて気持ちが悪いと思ってしまう。

そのうちに映画や小説の世界でも煙草を吸う描写が無くなっていくのだろうな・・既に銀行強盗をした犯人さえもきちんとシートベルトをしてから車を走り出させて逃げるのだから(笑)

私は35年以上喫煙を続けているが人の吸っている煙草の匂いが苦手だ。時々それを人に話すと滅茶苦茶だと言われる。私も滅茶苦茶だと思うが嫌いなものはしょがない。だから、時々この店に訪れても一番奥の狭いテーブルに座る事が多い。

店の空調のせいなのかこの席は吐いた煙が自分とは逆の方向に流れていく。だからおのずと人の吐いた煙も自分の方向に来ない気がするのである。

 

先日この店でぼんやりと本を読んでいると、すぐ斜め前の席にこの店ではあまり見ないタイプの女性が座った。

まあ単に喫煙をしない感じの女性と思うのは私の勝手な主観ではあるが。

私はその女性に前に何処かで会っているような気がした。気がしたがすぐにそれは違うとも思った。

中学時代に学校で人気があったY子にどこか似ているのだ。先日、故郷の同級生とゴルフをしている時にY子の名前が彼から出た。どうしているのだろうと言う私の質問の答えにはなってはいなかったが、「Y子の事はみんな好きだったよな」という話に、そうだったんだと改めて思った。

私はY子と同じクラスにもなった事がなかったし、殆ど口もきいた事がない。

35年以上前の記憶だからあまり当てにはならないが、大きな真っすぐな目をしたY子とやさぐれた少年にはどこにも共通点がなかった事だけは確かだ。

 

私は女性の年齢がよく解らないのだが、多分まだ22、3歳前後くらいだろうか。

肩までの真っすぐな黒い髪とキャラクターが文字盤に描かれている様な白い腕時計が、私には女性がまだ学生のようにも見えた。

外から来た寒さのせいなのだろう、殆ど化粧をしていないように見える頬が紅く染まってみえる。

ここまで走って来たのだろうか、肩で息をしている。女性は店内を見回しながら席に着くと、すぐに立ち上がり忘れていた事を思い出したようにアイボリー色のコートを脱いだ。それをきちんとたたみながら大きな瞳で店内をもう一度見回している。

たたんだコートを自分の膝の上に置いた。深い緑色のスカートと白いブラウス、ベージュのカーディガンそして女子高生が就職活動をする時に履くような底の低い黒い靴を履いている。

私は勝手にこの女性が次にするであろう行動を想像していた。携帯電話を取り出して一心不乱にピコピコと始める事。

あるいは手鏡を取り出し前髪を直し始める事を。しかし女性はそのどちらでもなく、大きな瞳で誰も座っていない向かいの席の一点を見つめている。その瞳が何故だか私には怯えているようにも見えた。

女性が1度だけ視線を外したのは店員が注文を取りに来ると店員の目を見ながら何かを注文し店員に頭を下げた時だけだった。

私はこの女性が一体どんな人を待っているのかと考えていた。もしかしたら同じ位の女友達が来て、憑き物でも取れたようにこの世代の女子らしく声を出して笑いだすのかもしれない。

女性が注文した飲み物が届くともう一度店員に頭を下げた時に、店のドアーに付いている鈴のような物が鳴った。

入って来たのは25,6歳のホストでもやっていそうな前髪が妙に真っすぐに伸びて顔を隠すほどの長さの男で、私は女性の待つ相手ではないように思えた。女性は鈴の音がしてもそちらの方には振り向かず1点を見つめている。

男は店内を見回すと私の方に歩いてきた。私は一瞬、男と目が合った気がした。

そして何故だか解らないが私は自分が身構えている事を感じていた。

男は私の近くまで来ると女性のテーブルの前に立ち、女性に何かを話しかけ女性の前に座った。

男は飲み物を注文すると目の前には誰もいないかのように煙草をくわえ携帯電話をいじり始めている。

黙っていた女性が申し訳なさそうに小声で男に何かを話しかけると男は自分の携帯電話と女性を交互に見ながら面倒くさそうに何かを答えている。年齢から見て、親子ではあるまい。兄妹なのかとも思ったがそれならば、もっと対等に目線を合わせるであろう。

恋人同士なのか・・男は携帯電話の画面を見たまま、女性はその男の姿をじっと見たまま時間が経過している。

女性の瞳から大きな涙が落ちた。女性は慌ててそれを指で拭いカバンの中から薄いピンク色のハンカチを取り出し目頭を押さえるように下を向いている。男は女性の涙する姿を一瞬は確認したが、またすぐに携帯電話の画面をいじり始める。

この2人の共通の誰かが不幸にあったのかもしれないが、携帯電話をいじりながらついた男のため息で、それでは無いように私には思えた。

涙だけではなく鼻水が出るのか女性は先程のカバンから小さな薄ピンクの布のような物を取り出した。

それはハンカチではなく、小さなティシュケースで、ティシュを取り出す所に白いレースのような物が編み込んであった。

この女性は薄いピンク色が好きなのだろうか・・

目の前の男から見えないようにしたいのだろう穂を垂れるように頭を下げ鼻水を拭いている。

それを何度も折り返しそして小さくなったティシュを自分のカーディガンのポケットに入れた。

使用したティシュをテーブルには置かずポケットにしまう姿が私には何故だか切なく見えた。

暫くすると男は「もういい?」と始めて私にも聞こえる声で彼女に言うと携帯電話を自分のコートに入れ立ち上がった。

男は女性の方を見もせず横を通り過ぎ、すたすたと店の出口の方に歩き出す。そして電話でも入ったのか今しがたポケットにしまった携帯電話を見ながら店を出ていった。

 

男が去った後、女性はまた同じように誰も座っていない目の前の椅子を見ていた。

先程と違うのはその大きな瞳から大粒の涙が流れている。彼女の瞳は何かを決めた人間がするような目に私には見えた。

5分程経っただろうか。

女性は1度ゆっくりと目を閉じ、もう1度涙を拭うと口も付けていない自分の目の前の飲み物と、男が放り出したグラスとストローをテーブルの中央に寄せ、男の座っていた側に置かれていた伝票を手に取りカバンから財布を取り出し静かに席を立った。

取り出した財布もやはり薄いピンク色だった・・

コートのボタンを丁寧にかける細い指先が少し赤らんでいる様に見えた。自分の座っていた席の椅子をきちんと元に戻している時の姿勢の美しさが彼女の人柄を物語っているように思えた。彼女は店の出口近くにある会計に向かう。

レジの横にはクリスマスツリーが申し訳なさそうに点滅している。

きっと2人分の飲み物代金を彼女が支払うのだろう。

 

この2人に一体何があったのかは解らないが、女性の今の悲しみがいつかこれで良かった事だと思えるようになる日が来て欲しいと心から思った。

 

華やかなクリスマスのイルミネーションがこの店の窓からも見える。

人生、生きていれば殆どが思いどおりにはいかず、それが年を重ねる事に実感に変わる。

いちいち口にはしないだけで皆それぞれに色々な事があるのだろう。

Y子にもそしてこの女性にも素敵なクリスマスが来れば良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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