夜景

  • 2010.01.19 Tuesday
  • 17:11
寒くて目が覚めた。
今さっきまで何か嫌な夢を見ていた様に思うのだが、その夢を思い出せない。

最近夜中に小便に起きるようになってからは、用を足した後、台所に向かい水を飲む。
水を呑みながらリビングにある時計を見ると大抵は明け方4時頃でそこから小1時間は布団の中で本を読みながら眠気を待つのだが、今日は小便をもよおして起きた訳では無い。
部屋があまりにも寒くて目が覚めたのだ。
寝室の窓を開けると更に冬の風が部屋の空気を張り付かせる。
ベランダから見える町並みの灯が空気が澄んでいるのかいつもより遠くまで鮮明に見える気がする。
何時なのだろうか。
昼過ぎにうとうとしたのだからまだ夕方だろうな。
日が暮れるのが今は夕方5時過ぎだろうから5時半か6時頃か・・
私の寝室には時計が置いてないのだが(どうやって起きるのでしょう・・アハハ)寒い廊下を通ってリビングまでわざわざ時計を見に行こうという気にもなれない。
もっと言うと、私は普段ほとんど腕時計をしない。
理由は色々あるのだが、時計をしていなくても不便を感じる事が殆ど無いからだ。

週末の午前中にIから「ゴルフの練習にでも行きませんか」と連絡を貰った。
夜にならと埼玉での打ち合わせを終えた足で待ち合わせの練習場に向う。
寒さのせいか、週末だというのに練習場には数える程の人しかいない。
Iはまだ到着していないので2階席で先に打ち始めた。
朝から何も口にしていなかったからか何球か打った所で吐き気がしてきた。
「おえっ、おえっ」
打席で一人騒いでいるおっさんを3つほど先の打席で練習をする女性が振り返って怪訝な目でじっとこちらを見ている。
ダメだ・・ゴルフどころでは無い。
おまけに寒さで力が入ったのか腰まで痛くなってきた。
昨日も朝方まで遊んでいたのだ。今夜は早めに帰って布団に入ろう。
思っていたらニコニコと笑いながらIがやって来た。
この男はいつも笑っている。何かいい事でもあったのだろうか。
来た途端「久し振りに囲いますか」
なんて言ったと思ったら人の返事も聞かずに何処かに電話を始めた
「メンツ見つかりました」
だから腰が痛いんだって言ってるでしょ・・
食事をして来たと言うIをつき合わせて焼肉屋に入り本日始めての食事を済ませる。

Iの先輩、後輩が待つ雀荘に到着したのは午後10時少し前だった。
人見知りをする目をしているが、優しい気遣いをしてくれるIの先輩のTちゃん。控えめだが礼儀正しい後輩のM君。
2人もきっと学生時代に厳しい先輩との出逢いがあったのだろう。幸運な事だ。
深夜になる頃には始めて逢う2人だが、何処の誰だかわからないおっさんにも冗談を言ってくれたりなんかする。
2人とも気持の良い青年だから負けていても気にならない。
M君は明日の朝、大事な彼女とのデートらしい。きっと可愛い彼女なのだろうな。

朝方、「この半ちゃんで終わりにしてもらえますか」と言うM君に
「寝言は寝てから言わんかい」と遊びの終わり方を知らない私は始めて逢った青年にまで先輩風を吹かせている。
本当最悪だな・・。
結局翌日の昼過ぎまで15時間ほど打った所で終了。
家に到着した頃には午後2時を廻っていた。
どうせ眠っても3、4時間で目が覚めてしまうのだからとシャワーも浴びずにベッドに入り眠った。

ベランダに出て町並みをぼんやり眺めていたら咳が出始めた。
年末からこじらせていた風邪のせいか冷たい空気を吸うたびに肺が痛む。
10数年前に肺炎で緊急入院させられた時に、看護士の目を盗んでベランダで煙草を吸った時に人生で始めて肺が痛いと思った。あれ以来冷たい空気を吸うと肺の辺りが痛い気がする。
寝室を出て、リビングの灯を点ける。

驚いた。
時計が1時をさしている。一瞬時計が止まっているのだろうと思い、携帯電話を見てみる。
間違いなく日付が変わっている今は深夜の1時である。
時間に驚いたのでは無く、まだ11時間も眠る体力が私に残っていた事に驚いた。

深夜に一人インスタントの焼きそばを食べながらビールを飲んでいると祖母の写真がじっとこちらを見ている。
どこからか祖母の声が聞こえた気がした。

「いつまでこんな生活をしているのですか」

 

11月

  • 2009.12.02 Wednesday
  • 18:50
11月はひきこもりの様な生活をしていたように思う。
別に家から出ない訳ではないし、酒を呑んでいなかった訳でもない。
しかし殆どが仕事場と自宅の往復をしていただけで重症なのはそれが苦でもない事だ。
私は前にもここに記したが11月が苦手である。
しかもたまに池袋や銀座に誘われても以前の様に高揚して酒を呑む事が少なくなった。
だから必然的に酒の席に誘われても断わる事も多い。
以前ならどんなに忙しい時であろうが遊び事を第一に優先していた。
とうとう遊ぶ元気も無くなって来たと言う事だろうか。

少なからずそれもあるのだろうが、一生懸命遊んでいる人を見かけなくなった事もあるのだろう。

酒場で仕事の話ばかりしている人。誰かといると何か楽しい事があるのではなんて勝手に他人に依存している遊びの下手な人。そんな遊び方をしている間は遊びの神様は振り向いてはくれない。
ともかく私自身も一生懸命遊ぶ事が出来なくなっている。

酒の席で携帯電話に向って大声で仕事の話をしている人を見ると、この人は働く事が好きなのだろうか・・それともよほど仕事の出来ない人なのであろうかと思ってしまう。
世の中が不景気な事も関係するのかと考えるが私は景気の良い時を知らない。
というか、よし!今は景気が良いぞなんて実感した事が1度も無いと言うのが正しい。
今までに本当の意味で裕福な人にも私はあった事がない。
この国には貴族など最初からいないのだからしょうがない事なのかもだが、私を含め皆が僅かな端金をかき集める事に必死になっている。
止めよう。所詮庶民の愚痴だ・・金の事を考えるとますます品祖な気持になる。

先日もひと回り以上離れた人達から急な酒の誘いを受け群馬にいた私は車を飛ばして自宅に車を停めてからタクシーで都内の待ち合わせの場所に向った。

遊びの時間には遅れたくない。

それでも約束の時間を30分ほど過ぎて到着した時には既に待ち人達はほろ酔いでいらっしゃる。
足元がふらつく頃になると河岸を変えようという事になり近くに出来た熟女パブなるものに。
想像通りのお姉さん達に出迎えられよく解らないお酒を呑まされた。
熟女パブを出てもうすぐ出産だというのに頑張る博多出身のA子のバーに酔っ払いのおじさん4人でぞろぞろと向った。

暫くすると一軒目の店に忘れ物をしていると私の携帯に店の人から電話が入った。
静かなバーで電話も悪いかと私は店の入り口近くにある非常階段で電話をとった。
相手方の周りの雑音もあって、話している内容がよく聞き取れず何度か電話を切ったりかけたりし直していた。
ようやく今夜中に取りに行くからという一言を理解してもらって席に戻るとおじさん達の姿が無い。
A子によると、酒を呑むと帰りたがらない私がいない間にそっと皆が順番に出て行ったとの事。
酔った私は「自分達から誘っておいて帰るとは何事だ」と関係のないA子に怒鳴っている。最悪ですね・・
しかし、終電がなくなろうが始発が走ろうが自分達が誘っておいて一言も無しに帰るというのでは、酒の呑み方や人の付き合い方を尊敬している人がその中にいらっしゃったからこちらは悲しい気分になってしまう。
やはりこれも不景気のせいなのだろうか・・クラスにいた嫌われ者の気分になった。
もしかしたら酒癖悪いのかしら・・アハハ

しょうがないので「早く帰れよ」と言う目をしたA子を無視して一人空になったグラスに焼酎を注ぐ。
暫くするとさっきまで一緒にいた3人の先輩の方お一人から「ごめんね」とメールが届く。
「3分の1か・・」
つぶやく私をA子は不思議な物を見る目で見ている。ほっといてくれ・・

昼間、懐かしい人から尾道の美しい風景写真が1枚携帯に届いた。
二重にも三重にも見えるその写真を見ながら幸せにしてくれていればそれでいいと思った。

そういえば死神博士Aが柄にも無くずっと胃が痛いなんて言っている。・・・只の天罰だといいが。
小生恋をしていますのM男は血便が出たらしい。・・・只の太り過ぎだろう。
遊びぐらいはまじめにしなければ。

忘れない事

  • 2009.10.15 Thursday
  • 18:54

人生の中ではオーバーに言えば自分の人生観を変えてしまうほどの出来事が突然起きる事がある。
それは仕事で出逢った人だったり、何気に観た映画だったり、はたまた人によっては可愛いあの子がいるお店で突然起こるのかも知れない。
帰省した折、祖母の部屋で1冊の絵本を見つけた。
絵本と言っても椿や蘭、菊や紫陽花が独特のタッチで描かれた詩画である。
決して上手とは言えない(私には絵を見る力など無いのですが・・)画集に描かれているこの花達にどこか見覚えがあった。
ページをめくりながら何処でこの絵を見たのかを思い出すのだが思い出せない。
作品のひとつひとつに描かれた年が丁寧に記してある。
1972年辺りからの2、3年間は随分描く線が細く弱々しく私には見えた。
絵に添えられている文字も同じ様に見える。
私は母親にこの本をくれないかと告げ東京に戻る鞄の中にしまった。

数ヶ月振りに自身が書いていたこのブログを読み返してみた。

自分自身の文章力と表現力の貧困さを我ながら再確認できた事と、本当に私自身がこんな事を書いたのだろうか?こうして残って行く文章と言う物の恐ろしさ(オーバーか)を確認出来た。
少年時代に初恋の相手のMちゃんに出したラブレターなんかをきっと今読み返してみたら恥ずかしいを通り過ぎて、まさに今の気持、こんな感じなのだろうな・・

人が書いた物や表現したものにケチをつける気は更々ないが、更新しない間で他人が書いた文章(ブログ)を覗く事が習慣になった。
もちろん興味を持った人や文章に限ってではあるが。
私には今日他人が何をしていたとか、何を食べたであるとかはどうでもよい事(失礼)なので自分の写真を
毎日貼りつけている人を見ると不思議に思ってしまう。
又、
間違った情報や意見で自分の廻りや、言えば世の中を操作する手段にこのブログがある事が書かない時間でよく解った。
これを情報操作と言うのだろう・・
私は新聞やテレビが伝える事をあまり信用していない。
歴史を振り返れば長崎や広島に原爆が投下されても、新聞は圧倒的に日本が優勢であると国民に情報を流した。
もちろん他人に見せるブログ、特に匿名では無く書いた人が特定出来るものに限っては全てを信用しろと言う方がおかしいのかも知れない。なにせ公開日記なのだから・・
更に言えばインターネットなどで出てくる情報ほどあてに出来ないものは無いと思っている。
この国の人達は恐ろしいほどの速さで情報を収集し、ものすごいスピードで得た情報を忘れて行く。
その情報が例え間違っていたにせよ次の情報を得る為にはその事を過去の物にして次の情報収集に進むのだろう。

私の廻りでこの数ヵ月の間に5つの命が誕生し1つの命が終わった。
なるべく避けたいいくつかの冠婚葬祭にも出席をした。

つまらない事ばかりが優先され、大切な物が何も見えない時間を私は過ごしている。
冬を迎える海の水がどれくらい冷たいのかを身体で感じていた少年の頃を忘れている。
椿の花首が落ちるその同じ枝に小さな蕾が隠れている事を知らずに処分する事ばかりを考えている。

「思い出した」

母親に本の事を電話で訪ねてみると祖母の健康を気遣った祖母の友人が祖母に持って来たものだと言う。
その友人が毎年欠かさず祖母宛にくれる賀状に描かれている椿や蘭の花の絵がこの星野富弘氏が描く詩画の絵に似ていたのだ。
祖母と同じ年齢の人だから90歳をゆうに超えている老人が友人を気遣い心配して励ます為に・・・
頚椎損傷で首から上しか動かす事の出来ない作者が口で描いたとは思えない素晴らしい詩画だった。
目の見えない祖母に何故あえてこの本を持って来て下さったのだろう。

祖母の葬儀を終え東京に向う電車の中で、20数年もの間、育てて貰った人に殆ど逢いに行く事もせず自分の事だけを考え好き勝手をしてきた事を、いま私の膝の上で小さく軽くなってしまった祖母の遺骨に詫びた。

幸せや喜びはどれも大きな意味で形が似ているような気がする。

人は生きている間の時間、殆どが困ったような事ばかりで自分の思い通りに生きて行ける者などいない。

生まれて生きて死ぬ。これだけは皆が平等に与えられた事である。

私は哀しみにはそれぞれの形があるような気がする。それでも人は哀しみを乗り越えて生きて行く。


私を育ててくれた祖母の死も例外ではなく、もう2度と逢えないという事だけが死で、死とはそれ以上でもそれ以下でもないと私は思っている。

目黒にて

  • 2009.01.21 Wednesday
  • 14:10
昨晩、八王子のブラックジャックS、稀代の悪ことNちゃん、死神博士A、熱血政治家I、ブラックジャックの友人でIT企業の女性社長Fさんと、その社員のKさんで青山のBで酒を呑んだ。
私は出先から車で店に向った事もあり、ずっとお茶を飲んでいたのだが・・
ブラックジャックも、稀代の悪も医者という職業柄か健康の話をしながら煙草を吸っていたりする。
やっぱりこいつらヤブだな・・・ハハ

緊急の召集だったから、私はブラックジャックの結婚でも決まったのかと思っていた・・・しかし只アルコールが切れただけのようだった。

週末に上場会社のホスト社長Uの結婚式に出席した。
目に涙を溜めUを見つめる新婦の瞳が美しかった。良い結婚式だった。
目黒にあるホテルと併設されるこの式場は私にとっては思い出がある場所で、10数年振りに懐かしいロビーでお茶を呑んだ。

13年前、私はこのロビーで声を荒げ席を立った。
当時、毎日がその日暮らしで(今も変わらんが)私にあったのは不安と有り余った時間だけだった。
人に頭を下げて物を頼むことが苦手だった私が、思いつきで考えたような商売をする為に金が必要になった。
なけなしの金を集めてもどうしても50万円ほどが足りず、悩んだあげく当時このホテルに暮らすその人を訪ねた。
私は後にも先にも只1度(先はわからんか・・)人に頭を下げて金を貸して欲しいと頼んだ。
その人は、話の途中で大きな溜息をついた。「お金はあげるから返さなくていい」と私の話を遮った。
その後の事はあまり覚えていないが、私はその相手を罵倒する様な言葉を吐き席を立った。
その人は偶然どこかで逢う以外には私に連絡をしてくる事を止めた。
そして私は人に頭を下げて金を借りる事を止めた。
その商売は結局足りない分を中古や拾い物でまかない、そしてどうにか今の生業になった。

ホスト社長Uの式中、スピーチの席で呑んだら恐い会計士Aが自分に子供が出来た事を皆の前で話し始めた。Aの奥様のSりんもそのスピーチを涙目で聞いていた。
数年間付き合ったこの式場の近くに住むU子が結婚する事を聞いた。勝手な別れ方で随分酷い事もした。彼女もいつかこうして母親になる日が来るのだろう。
幸せになって欲しいと心から願っている。

ホテルを後にする時、又当分ここに来る事はないのだろうと思った。
あの時私は一体誰に「ふざけるな」と言ったのだろうか。「馬鹿にするな」と言ったのだろうか・・

1月

  • 2009.01.06 Tuesday
  • 17:16
年末に届いた冬至梅が数日前から花を拡げ始めた。きっと部屋の温度が暖かいせいもあるのだろう。
元々自然の物なのだからアパートのベランダに置いても良かったのかもしれない・・

この正月は本当によく眠った。おかげで朝起きても今日が何日なのかも全く解らない位に同じリズムで5日間を過ごした。殆どテレビもつける事なく、ぼんやりとソファでうたた寝をし目が覚めれば風呂につかり、腹が減れば雑煮を食べながら酒を呑んで又寝た。そして5日間が過ぎた。
こういうのが規則正しい生活と言うのかしら。
変化があったとすれば、年末から私のアパートにやって来ている母親がうたた寝をする私に小言をいいながら勝手に動き回っている。
それでも昨年の夏に来た時の教訓を生かす為に今回はセ〇ムの解除の仕方も充分に教えた。
が、2日続けて早朝からけたたましい警告音と
「侵入者が居ます」と言う女性の声が部屋中に響き渡る。
飛び起きてリビングに行くと、操作盤の前でオロオロとこちらを見ながら笑っている母親がいる。
昨年と同じだ・・

年末に死神博士A、呑んだら恐い会計士A、熱血政治家I、小生恋をしていますのM男、上場会社のホスト社長Tとで「男だらけの忘年会」を開いた。ちなみに賢いカリスマ美容師Mと麻布十番の主Yは逃げた。
焼き鳥屋を出て皆でサウナに向かった。全員が全裸になりカラオケを歌った。サウナなのだから裸なのは当たり前の事だ。・・・しかしよく目を凝らして見るとどこか見覚えのあるお店だった様な気もする。
きっと気のせいだろう・・
カラオケで負けた、呑んだら恐い会計士Aが会計をした。泣きそうな顔をして支払いをしているのが可笑しかった。
十数年前(時効です)の正月に運ためしでと打った遊びの麻雀が正月だからと酒の勢いでインフレを起し、緊張感が張り詰めた明け方にTが国士無双を振り込んだ。
「はい。60万円ね」と言われた時の泣きそうなTの横顔を思い出した。男はこうして強くなるのだな・・アハハ

晦日に寒さの中ほろ酔いで出かけた井草八幡宮で引いたみくじは「吉」。
「吉」ならちょうどいいか・・・
新年の挨拶をかねてT鮨にでかけるとT鮨の主人が店に出ておられた。
T鮨の主人は長い間、膝を患い手術の為秋ぐちからずっと入院していたのだ。
私は職人のTさんに入院先を聞いていたのに結局見舞いにも行かなかった。
T鮨の主人は手術を終えたばかりの足をひきずってわざわざ私の座る席まで挨拶に来てくれた。
私は届いた賀状の礼を言って不義理を詫びた。

毎年手書きの美しい季節の花を描いた賀状が祖母の友人から祖母宛に届けられる。
今年もあの賀状は無事、祖母宛に届いたのだろうかとリビングのソファでぼんやりと考えていた。

又、困った様な1年が始まる。

サンタ

  • 2008.12.24 Wednesday
  • 21:28
珍しい事だが2日続けてこの日記を書いている。と、思ったらこの前の更新は一昨日だった。
記憶が丸1日ぬけているな。

午前中、S銀行の担当者Y君が来社する。
30歳半ばの彼はコンピューターのような話し方(失礼)で目をキョロキョロさせて話をする癖がある。
最初、会社に出入りしていた頃は私とは挨拶を交わす程度だったから、気付かなかったのだが彼を見ていると名前は知らないがスターウォーズというSF映画に出てくるロボットを思い出してしまう。(本当失礼)アハハ

午後より、本部のS君と池袋にて打ち合わせを終え、U社長の会社に伺う。先日沢山のイクラを自宅に送って頂いたお礼と打ち合わせを兼ね、年末の挨拶をしてU社長の会社を出た。

係員が誘導してくれるMホテルの駐車場で、車の出庫を告げると何やら機械の故障で少し時間がかかるとの説明があった。
会社に戻るだけなのだから、慌てなくてもいいかとホテルのロビーにあるカフェに入りソファに腰掛けコーヒーを頼む。
暫くすると、隣のテーブル席に私と同じか少し若い位のスーツを着た男と中学生位の少女が私の目の前を通り過ぎてテーブルについた。私は少女がもう少し年が上かとも思ったのだが私はこの位の、特に少女の年齢が解らない。
「パパ、今日はお泊り出来るよね」
「・・そうだな。今夜は泊まっていいよ。明日朝5時には出なきゃだけどね」
人の会話を聞くことは下品な事だと解っている。
が、愚昧な私は、このやり取りを聞いて2人の関係が酷く気になり始めた。さりげなく辺りを見回す振りをして少女を見直して見る。やはり子供だ・・。なら当たり前だが男と女の関係ではあるまい。
2人はオレンジジュースを注文し、ウェイトレスが離れて行くと
「サンタは一体何処から入って来るの」少女がその男に訪ねた。

少女の年が何歳なのかは解らないがこの会話を聞いて、最初は中学生くらいかと思った私の予測が外れているだと思った。
長い黒髪と大人びた少し大きめのイヤリングをしているが、きっとまだ小学生位なのだろう。
まさか中学生になってサンタクロースを信じてはいまい。
もしかしたら信じている子供もいるかも知れないが、今の、特にこの東京にはいるとは思えない。
私は少女の質問に男が何と答えるのだろうかと興味を持った。
男は困ったような顔で「何処から入ってくるのだろうね・・玄関かな」と苦笑いをしている。
「ママも来れば良かったのにね」
少女の声が聞こえなかったのか、男は下を向いたまま水の入ったグラスを廻している。

少女がパパと呼ぶ男は多分彼女の父親なのだろう。
男は自分の仕事の話や普段の生活をゆっくりだが大人に話すような口調で少女に説明をしている。
男の話を真っすぐな眼差しで少女は聞いている。
きっと少女と男は一緒には生活をしていないのだろう。
男は一人単身赴任にでも出ているのだろうか。
この後、母親が現れるのだろうか・・
もしかすると2人の会話の中に出てくる「ママ」は、男とはもう夫婦では無いのかも知れないなと思った。

ウェイトレスが運んできたオレンジジュースを2人のテーブルに置く。
少女は小さく頭を下げ恥ずかしそうにだがウェイトレスに向かって「ありがとうございます」と礼を言った。
たとえこの男と少女が一緒に生活が出来ていなかったとしても、少女はきちんとした誰かに躾けられてきたのだろう。
ならば、どんな形であれ、男は父親としての役目を果たしている事になるのだろうと思う。

この少女は今夜、サンタクロースとお泊りする事を知っているのかもしれない。

久しぶりに

  • 2008.12.22 Monday
  • 10:56
2ヶ月以上更新をしていなかった。この2ヶ月の間一体私は何をしていたのだろうか・・。
都合の悪い事は全部思い出せない。アハハ
年末という事もあり、社内も少し慌しくなっている気がする。さぼっていた私だけだろうか・・

この2ヶ月の間で少し生活に変化があったとすれば、交通事故に遭遇した事だろうか。
栃木県のK温泉に出かけた帰り道、対向車がノーブレーキで私の車めがけ突っ込んできた。
原因は相手の脇見運転だったのだが、車の破損状況とは反比例して私自身は体のどの部分にも痛みを感じなかった。
しかし事故の2日後、自力では歩行困難な程の痛みと痺れが襲ってきた。年をとるって時間差なのね。
事故直後には、「私の身体は大丈夫ですからあまり相手を責めないであげて下さい」なんて私はジェントルマンを気取っていた。
が、2日後に保険会社に動けなくなったまでの報告をした途端、「やっぱり来たか」的な百戦錬磨の担当者に、こと細かに事故からの2日間の状況を説明させられたあげく、担当者は静かに言った。
「今回の事故では休業補償は出せませんから」

・・・切れた。

休業補償が欲しい訳でも、新車が欲しい訳でもない。(頂けるなら貰うが)
保険会社である以上、1円でも支払う補償額を少なくすべき事くらい私でもわかる。
それが彼らのビジネスだから。

私が欲しかったのは「大丈夫ですか?」の一言だった。
誠意を感じない保険会社の対応に、その日から1ヶ月以上担当者を怒鳴り散らし、担当者及び責任者を呼びつけ、この体をどうにかしろと完全に私はチンピラ化していた。
クレーマーになったおじさんを、保険会社の担当者も責任者も困ったような物を見る目で眺めている。
世話になっているY自動車の社長が、素人相手だからですよと、こちらの保険会社の人間を出して保険会社同士で話させるべきだと忠告をしてくれたが、私は意地でも自分自身でこの問題の決着がつけたかった。
最後に出てきた責任者のKさん。
彼のおかげで引くに引けなくなっていたクレーマーのおじさんは普通のおじさんに戻ることが出来た。
Kさんは私にプロの仕事を見せてくれた。

私たちもこの商売をしていると年に数回、クレーマーと呼ばざるを得ないお客と出くわす事がある。
数ヶ月前にも酒を呑んだ客が無茶を言い出したと店から連絡が入った。
本部のSが普段は見せない顔つきで迅速に店に向った。
後を追い30分後に店に到着した私にその客はSの事を褒め称え「いい社員を持っていますね」と上機嫌で帰っていった。
私はSがどんな風に客と話したのかは知らないが、客がSを誉めてくれた事が嬉しかった。
飄々と何事もなかったかの様に働くSの姿が頼もしいとさえ感じた。
きっとSは客が求めていた足りなかった何かを感じてそれを埋めたのだけなのだろう。

リハビリの回数も減り、今月は療養を兼ねて、TさんやBさんなどに誘われた山梨県のI温泉に出かけたりした。
怒りも冷め始めた頃、不思議と私の腰の痛みも和らぎ始めていた。

困った

  • 2008.10.09 Thursday
  • 13:40
午前中、予定が入っていない事をいいことに自宅のソファーの上で死んでいる。
ずっと天井がグルグル廻っていてしかも頭が割れそうだ。
割れてるんじゃないかしらと本気で思ったりする。
つい一昨日も、スーツを着たままシャワーを浴びた事を朝起きてから気付き、自己嫌悪の中、もう深酒はしないと誓ったはずなのに。
下痢も始まってさっきからリビングとトイレを行ったり来たり。もう出る物なんて何も無いはずだけど。

昨夜、R社のMさんと打ち合わせを兼ねて食事をしていたまでは良かった。
Mさんは嫁入り前の27歳。(残念だがもうすぐ結婚されるらしい)アハハ
しかし日本酒会という同好会を作るほどの酒豪。
屈託の無い笑顔でスイスイとやる。見ていて気持が良いね〜
始めて酒の席でご一緒させてもらったのだが、ついついおじさんも調子に乗ってしまった。
「あなたを始めて見た時にサイボーグかと思いました」
なんて失礼な言葉が勝手に口から出てくる。それぐらい仕事の時の彼女の表情が厳しいプロの目をしていると言いたかったのだが・・自分の10秒前の会話がどんどん解らなくなっている為にきっと支離滅裂な事を話したのだろうな。

9時には嫁入り前の娘を帰し、一人フラフラとAのJママの所に顔を出した。すぐ帰れば大丈夫・・
5時間後、泥酔の状態でタクシーに乗った・・多分。。

数日前に埼玉県越谷市にあるレイクタウンという巨大(日本で一番大きいらしい)ショッピングモールのオープンの催しに出かけていた。
私が行っても何が変わる訳ではないのだが弊社の「いちや」もこの施設の中で商売を始めるからだ。
本部のS君やF君、Kさんなんかも厨房着を着て大きな声を張り上げている。
以外に厨房着が似合うね。
そう言えば、立川で数ヶ月間に渡り繰り広げられてきたラーメンバトルなる大会もいよいよ決勝大会。
で、何故だか決勝まで残り、北海道の有名ラーメン店「純連」さんとの対決に、これも何故だか勝ってしまい、とうとう優勝してしまった。
大きなトロフィーや雑誌社からのコメントを求められたりして、一番驚いたのは私自身だった。
会場の人達にマイクを使って礼をいいながら、少しだけこの仕事をしてきて良かったと思った。
素直に嬉しかった。

頭痛がする状態で出勤する為、駐車場で車のエンジンをかけようとするとアパートの管理人のおじさん(通称ナマズデカ)が近づいて来る。
彼は私がこのアパートに越してきた時から何故か私の事を特別に管理してくれる人なのだ。
以前、邪魔になったゴルフバックを深夜にそっとごみ置き場に置いておいたら(もちろん名前は付いていない)翌日笑顔でゴルフバックをわざわざ持って来てくれた。
酔っ払って植え込みに人型を作った翌朝にはその現場に私を立ち合わせて犯人は近くにいると断言したりしていた。
私が勝手に自宅のパソコンをインターホーンの差込から繋いだ為にアパート全館のインターホーンが使えなくなってしまった朝には一番に私の部屋を見せてくれとナマズ刑事はやってきた。

車の硝子越しにナマズ刑事が何か言っている。少しだけ硝子を開けるが私は彼の目を見ない。
「昨夜、ここにゲ〇した奴がいるんだよね〜掃除するのに大変だったよ・・・いってらっしゃい」
ナマズ刑事はそれだけを言う為に管理人室から飛び出して来たのだろうか・・・

数日前の雨の夜、新宿でKと逢った。
大人数で呑んでいたのだが、何故だかKの話に私は吸い込まれた。

Kとは今年の夏にSの自宅で1度逢った事があるのだが、その時は一言二言会話をしただけだった。
夏に逢った時の印象は風貌も手伝ってか「うさん臭い奴」だと思った。
私よりも2つ程年下なのだが、ずっとプロ野球の最前線の中で働いて来た彼は今までに逢った事の無いタイプの人間で、最近、最愛の幼いわが子を亡くした事なんかを淡々と話してくれた。
又逢う約束をして「失礼します」と笑顔で車を降りた彼はバックミラーの中で小さくなるまで私を見送っていてくれた。彼の廻りに人が集まる理由が何となくわかる気がした。

そう言えば、R社のMさんと話している最中にも、AのJママと話している最中にもMさんとJママの名前が思い出せなくなって困った。本当に困った人だ。

御礼

  • 2008.10.01 Wednesday
  • 17:19
10月に入った。このブログ?を9月には1度しか更新していない。更新しない理由はちゃんとある。
書く気になれなかったからだ。理由は言いたくない。
それならば、何故今書いているのかと言うとある人に礼が言いたいからだ。
直接言えば良いのだが、文章で頂いたものは文章で返したいと思った。
以前会社に匿名の女性から「いちや日記」は一体いつになったら更新されるのですかと、怒った口調の苦情の電話が来た事を本部スタッフのS君から聞いた事がある。S君も私に報告しながら困った顔をしていた。
誤解を招く乱暴な言い方かもしれないが、別にこの日記を止める事など大した事ではない。
誰の為に書いている訳でもなく、書きたいから書くだけで書きたくない時には書かないだけだ。

昔から天の邪鬼な所があった。
子供の時分からこの人(大人)の本心は何処にあるのだろうなんて担任の先生に頬を打たれながら何処か冷めた場所で考えたりしていた。

昔、短い間だが好きになった女性がいてその人に電話をかけた。
ひと回り以上の年齢の違いや、物事の価値観の違いがあって恋愛としては長続きはしなかった。
と、いうよりどちらとなくその空気を読み取り出逢った頃の環境にお互いが戻ったと言う方が正しいかもしれない。
普段、よほどの事が無いと電話をかける事などないのだがベルを鳴らした。
電話に出た彼女は昨夜も一緒に食事でもしていたのかの様に、あの頃のまま軽口を叩き「あなたが電話してくるのには何か理由があるよね」なんて私の心を見抜いている。
久し振りに聞く彼女の声は明るかった。
「お姉さんに話してごらんなさい」受話器の向こうでおどけている顔が浮かぶ。
私は正直に今悩み判断せねばならないでいる仕事の事を話した。
女優と言う職業の彼女に理解出来る筈など無いと思ったが、掻い摘んで要点だけを話した。
「私なら次に切り替える」
1秒で答える所が彼女らしくて可笑しかった。最近にあった私の近況を報告をすると驚いていたが喜んでくれた。礼を言って電話を切った。

私は彼女の助言では無い方を選択した。

人が人を裁く事など不可能な事で、他人と比較するから物事はどんどん可笑しな方向に進んでいく。
役者をしていた時分は商品は自分だった。だから全ての責任が自分にあった。
必然的に裁く対象は自分でしか無かった。
今は私を含め組織を作った以上、裁く相手は他人である。
元来、自分が興味を持つ方向に進む事が得意で楽しい事を探すのは名人だと思っている。
楽しめる事の方向が今の生業だったから気がつくとこの場所に居たのだが、今は考えなければいけない事はつまらない事ばかりだ。

読んでいる人には訳の解らない支離滅裂な文章になってしまった。
この文章とは何の関係も無く、今まさに上映中の人気映画の脚本をも勤めた脚本家O氏のブログに私の事が書いてある事を友人から聞き読んでみる。
嬉しい事が書いてあった。文章の上手さに感動した。O本当にありがとう!

引退

  • 2008.09.05 Friday
  • 16:52
事務所にあるカレンダーを見たら9月に入っている。当たり前か。
しかし、恐ろしい速さで時間が過ぎている気がするのは気のせいかしら・・

自宅に住み着いた鈴虫達が餌を与えているにも関わらず雌が雄を食べてしまった。
茄子と鰹節を与えていたのだが、鰹節が無くなった途端に雄が餌食になったようだ・・
以前、ここに雌が美しい羽音を奏でると書いたが私の知識不足であり羽音を奏でるのは雄だった。
お詫びを申し上げる。
虫かごには卵の様な白い小さな粒が硝子面や石に付着している。
雄の仕事は終わったと言う事か・・・
雌の為に一生懸命子守唄を唄ったあげく食べられてしまうのでは鈴虫も不憫なものだ。
似たような話を人間の世界でも耳にする事がある・・アハハ

昨夜、一人でT鮨のカウンターにいると聞き覚えのある声がした。
板前のTさんと話している横顔に見覚えがある。
Kさんだ。私が視線を送るとKさんも驚いたように私を見て大声を出している。
私の髭の白髪が増えた事を笑いながら幾つになったかを聞かれた。
41歳だと私が言うと「そうか・・清原と同じか。まだまだ若いよ。まだやれるよ」
なんて真顔で言っている。よほど清原選手の引退が悲しいのかそれとも相当な贔屓なのだろうな・・

Kさんは丁度10年程前に私が会社を立ち上げる上で色々と世話になった方で、弊社が現在の場所に移転してからここ数年何となく疎遠になっていたが、この辺りでは知らない人のいない不動産会社の社長だ。
無沙汰を詫びると「いいの、いいの」なんて言いながら私の横に腰掛け酒を注文する。
そういえばKさん、鮨好きがこうじて、本業そっちのけで銀座の鮨屋のビルを買い取った話を風の噂で聞いた。
自分の目にかなった板前さんをくどきKさんが納得するネタを出す鮨屋らしい。
どうりで今夜は板前のTさんやSさんなんかが緊張した顔で握っているのだな。
Kさんは板前のTさんの握る鮨が食べたくて時々この店に顔を出すのだと言う。
まさか引き抜きでは無いだろうがTさんにしてみれば職人みよりに尽きる話である。

KさんはT鮨で一番若い見習いのN君に「お客の酒が無くなった事を見ていなきゃダメだ」と叱っている。
他のお客にしてみればこの店のオーナーにでも見えるだろうな。
私と話しながら日本酒を呑み、目線は職人の仕事を追っている。
「かっぱ巻きを握ってくれ」と見習いのN君に言う。N君も緊張した面持ちでかっぱ巻きを握り始める。
N君が握った鮨をKさんは旨いともまずいとも言わず只黙って酒を呑む。
こう言う客が職人を育てるのだろうな。

「巨人(本当はオリックスですが)の清原が引退する日まで白髪を染めないんだ」とKさんはおっしゃっていた。
贔屓とはそういうものだ。
又一緒に酒を呑む約束をしKさんが先に店を出た。
板前のTさんから私の会計もKさんが済ませボトルまで入れて頂いた事を聞いた。
あまり見かけなくなった粋な酒の呑み方が出来る人である。

私には、Kさんは見習いのN君の鮨を食べに来ている様に見えた。
鈴虫の雄がいなくなった後、新たな雄を買って虫かごに入れるべきかどうかをT鮨のカウンターで考えていた。食べられたから次じゃあまりにも雄が理不尽だよな・・

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